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 感謝する信仰

 使徒16:31~34 この箇所はパウロとシラスがピリピで福音を宣べ伝える、そのときの話です。彼らが宣べ伝えていたとき占いの霊にとりつかれた女奴隷が何日にもわたり妨害しました。困ったパウロは彼女からその霊を追い出すのですが、これが問題となります。彼女は占いができなくなり儲ける望みがなくなって、その主人から訴えられたのです。訴えの理由は、けしからん風習を宣伝して町をかき乱しているという名目でしたが、群衆の賛同をえて鞭打たれ多くの苦しみを受けることになりました。女占い師との係りをきっかけとして、福音を伝えるために外に出たパウロとシラスは迫害をうけることになったのです。パウロは人生をささげ命を賭け、一人でもたくさんの魂を救うために働きました。もっとも大事なこと、イエス人を信じて魂が救われること、イエス人を信じて天国に行くことができること、パウロは多くの人と出会ってこのことを伝えたいと思っていたでしょう。わたしも日本にきて心からそう思っています。パウロの言葉を聞きましょう。 使徒20:24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。 命よりも優先したのは、イエス人だけが救い主であり、イエス人を信じるときに救われることを証することだったのです。 使徒4:12この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」 ところで、イエス様は盗人のようにやってくると聖書にあります。突然やってくるということです。 1 テサロニケ 5: 2主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。 聖書学者たちは今この世の終わりだと考えています。ヨハネの黙示録にその状況が記されてあります。その一部を見てみましょう。 黙示録 13:16 ~ 18 また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。また、小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額