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苦難が始まる

使徒4:1~7 栄光あるところには苦難が付いてくる。自分なりに苦難を乗り越えた人が頂上に立つ。イエスさまと関連がある苦難は祝福になる。ペンテコステの日に初代教会において聖霊が臨まれたが、4章から苦難が始まる。ここでイエスさまを拒否した人々について考えてみる。 4:1,2 福音を拒否する集団が初めて出てくる。教会でメッセージしたり、奉仕する人が反対した。教会を迫害する力は外にあるのではなく、内部にある。私たちの力が迫害する力にもなる。真理でないものは真理を拒む。 <なぜ迫害したか?>イエスさまが蘇ったら、自分たちが前に主張したことがウソになる。人々に「イエスを殺しなさい。」と言っていたから。本当は自分の過ちを認めること、悔い改めることは自分の罪を認めることであり、そうすれば解決は主がしてくださるのだが、そうしなかった。 自分たちの生活がかかっているので、人々がイエスさまにつくと生活ができなくなる。偽装の真理に人々は騙されてしまう。牧師は牧会するとき、「真理を伝えると、人々を傷つけてしまうのではないか」と思い、真実を伝えられなかったことを悔い改めたこともある。 サタンは人々を選んで使う。霊的に目を覚ましている聖徒でありたい。イエスキリストを拒否する力は教会の中にあることを知らなければならない。 <苦難の中、爆発的に教会は成長した。> 4:3,4 肉体は留置できたが、福音は止められなかった。迫害、苦難がかえって祝福になった。 リバイバルの速度は速い。偉大な神に偉大な信仰を持って仕えよう。 詩編100:3 心を開いて神様の力を受け取る器になろう。 <成長の理由> ①聖霊の風、恵み 愛隣教会にも、夫婦、子供にも風が吹くように。聖霊の風をもらう聖徒になろう。聖霊の力を制限してはいけない。心を開いて、歓迎して、聖霊様とともに歩む。 ②御言葉を聞く。 4:4 御言葉が魂の中に入る。30倍、60倍、100倍の祝福となる。御言葉には力があり、両刃の剣より鋭く、魂を刺し通す。試練の中で御言葉を聞いて従順しよう。 <4:5~7 人々はイエス様を否定するために集まった。> マタイ21:23 地の権威と神の権威があるが、天の権威のために仕える人になる。私たちには神様の子供としての権威がある。この世のものばかり求めてはいけない。神の国とその義とをま...

初代教会の奇跡

使徒行伝3:1~10 初代教会に初めて起きた奇跡について書いてある個所である。 ①3:1 聖霊の体験、感動を祈りによって維持していた。神様からの恵みを祈りを通して守るのである。当時、一日3回宮に登って祈った。本当に恵みが訪れるとイエス様しか頭になくなる。いつもイエスさまに恋愛して祈る人に神様は奇跡を用意して下さる。約束を守る人を神様は使われる。 ②3:2,3 神の御手、導き、語って下さることを悟る人になる。心がかたくなになって悟れない人がたくさんいる。はじめ「足のなえた人」の関心はお金であった。人々は生きている間はいい生活をしようとするが、死んだ後のことは自分ではどうすることもできない。自分の中に救いはない。 ③3:4~6 ペテロはいつくしみを持った、魂に対する愛の目でその人を見た。初代教会には金銀はないが、イエスキリストの御名があった。中世以降の教会は金銀はあるが、イエスさまの御名がないと言われる。イエスキリストの御名の力を回復しなければならない。自分の中に救いはない。御名の中に救いがある。 ④3:7,8 御名を持って勝利する人になる。過去の過ちも関係ない。人の前で言える人になる。 3:9,10 人が恵みを頂いて変わると、他の人に影響を与える。ソドムとゴモラには10人の義人がいなくて滅んだが、恵みをいただいて人に影響を与える人になりたい。 

聖霊様が説教する

使徒行伝2:14~21 当時、120名の弟子が祈りながらイエスさまの約束を待っていた。そして5旬節の日に聖霊が来られた。 2:1~4 響き渡る音を聞いた。→炎が分かれた舌のように人の上にとどまるのを見た。→人々は聖霊充満になって他国の言葉で話した。→大騒ぎになった。人々は喜び、涙し、歓声をあげた。 聖霊充満はまず自分が分かり、他人が分かり、やがてエルサレム全体が大騒ぎになった。 バベルの塔の事件以来、各国の言葉は異なるものになっていたが、それを回復させる事件だった。 2:14 説教は共同体で語ること。神の言葉を代弁して宣言するのが説教である。人々は神の言葉を聞いていないから変わらないのだ。御言葉を聞かないと人は変われない。賛美も代表の祈りも説教もすべて聖霊によってなされなければならない。そしてしるしと奇跡が伴うようになる。 2:15 朝の9時から酔っているのではないとペテロが言う。 2:16,17 聖霊によってペテロが語るメッセージの内容は? ①聖霊の働きに対するメッセージ ヨエル書より、終わりの日に聖霊がやってきて働かれる。私たちは終わりの時代に住んでいる。全ての人に聖霊がやってくる。息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。2:18奴隷にもしもべにも聖霊を注がれ、彼らは預言を語る。 牧師はいくら頑張っても変わらない時期があり、将来の不安があり、やる気が起こらない時があったが、祈った時、聖霊により目が開かれ、全世界は神様のものであり、自分が宣言するとそれは実現するという確信をいただいた。爆発的な恵みをいただいた。 2:19,20 聖霊が教会の主人になり、私たちは従う。自我に死に聖霊が完全に支配して下さるように決める。 ②イエスキリストに対するメッセージ 2:22 聖霊によってイエスキリストの福音を語る。イエスキリストの生き方、救い、福音を語る。私たちも満たされるとイエスキリストを語るようになる。癒しも奇跡も起こると考え、人間の考えでイエスさまの働きを制限してはいけない。 2:23 イエスキリストの死を語る。私の罪のためにイエスさまが死んで下さったことがわかる。十字架が分かるのも聖霊様のみわざである。遠い昔の事件ではない。知識ではなく、人生で体験すること。 2:24 イエスさまは死から蘇った。他の宗教の創始者は皆蘇ること...

アンテオケ教会

使徒行伝13:1~3 作物が育つには太陽と水が必要であるが、ここのところ雨が降らず大変だった。多量の水が必要であるが、聖書の中で聖霊は火と水にたとえられる。聖霊の力なしに悟るということは不可能である。イエスキリストを信じた時、聖霊様が皆の中に来られる。 使徒行伝1~12章ではエルサレム教会が中心的な役割を果たすが、13~28章ではアンテオケ教会がその役割を果たしている。今シリヤに内戦がおこっているが、そのシリヤに建てられたアンテオケ教会に福音が伝えられ、世界に伝わった。私たちには福音を伝える義務がある。異邦人の中に建てられたアンテオケ教会が大きな役割を果たしているのだが、その中にどういう事が見られただろうか? ①13:1 各種の壁を乗り越えた教会であった。 中心人物5人が出ている。バルナバは財産をたくさん持っていた人で、恵みを受けて多く捧げた。マナエンはヘロデ王の乳兄弟で高い地位にあった。ニゲロ(二グロ、シメオン)は黒人であった。ルキオも北アフリ出身の黒人である。そしてパウロであった。 人種、地位、経済格差などあらゆる壁を乗り越えた教会だった。全ての人を受け入れる包容力のある教会。私たちの教会も理解し変えていく教会になろう。 調和と協力は聖霊に満たされて出てくる。聖霊に満たされていない時は相手の弱点が見えるが、満たされると全てがよく見える。人を変えるのは愛しかない。 ②13:2 聖霊の働く教会であった。 聖霊の恵みを受け、主に仕えて礼拝した。断食して礼拝すると、聖霊様が働いて下さる。最善を尽くして主に仕える。聖霊様が主人で、聖霊様の語られることをわかり、従わなければならない。多数決ではなく、聖霊様の声に従うのが教会である。聖霊様が自由に働かれる環境作りは断食と祈りによる。アンテオケから世界宣教が始まるが、それはすべて聖霊様がされた。 牧師はうつ状態にあったかもしれないが、完全に回復して下さった。祈れば誰にも愛を施して、神様の時に祈りに答えてくださる。 ゼカリヤ4:6、1コリント12:3、ヨハネ16:13 問題を祈らないで答えを祈ろう。この世で一番大切なことはイエスさまを信じて救われ天国に行くこと。 ③13:1 分け与える愛のある教会 アンテオケ教会は分け与える教会だった。バルナバとパウロという一番大切な2人を宣教のために外に遣わし...

キリスト者

使徒行伝11:19~26 11:6 この時初めてキリスト者(クリスチャン)と呼ばれるようになり、聖書に出てくる。場所はアンテオケであり、エルサレム教会につぎ2番目に建てられた。エルサレム教会が、バルナバをアンテオケに派遣し、1年間教えた。異邦人の中に建てられたが、愛にあふれて、素晴らしい御言葉の共同体、イエスさまを愛する人の集まる教会だった。素晴らしい人たちを見て、人々は「キリスト者」と呼んだ。 キリスト者(クリスチャン)とはどういう人か? ①11:19 ステパノのように、イエスキリストのゆえに迫害を喜んで受け入れる人である。当時クリスチャンはとらえられ牢に入れられた。聖徒たちは迫害の中でかえって感謝した。マタイ5:10~12 迫害の時喜んで下さい。神様は大きな報いを与えて下さる。 迫害されると聖徒が方々に散らされ、行った所で教会を建てた。患難がかえって益となった。 ローマ8:28、詩篇119:79 ②11:20~21 イエスキリストを伝える人である。真の食べ物はイエスキリストを伝えること。それに答えれば、素晴らしい力が臨まれる。福音を必要としている人がたくさんいる。 バルナバはアンテオケ教会で「イエスさまにとどまっていなさい。」と言った。 ③11:22~23 イエスさまの姿に似た者である。イエスさまの香りが漂う人になる。 バルナバは良心に満ち、立派な人であった。聖霊と信仰に満ちた人であった。人格的にも成長した人になる。 自分の外側の殻が壊されないと内側の聖霊様が出てこない。聖霊の声を聞く聖徒になる。「酒でなく聖霊で満たされなさい。」「聖霊の火を与えて下さい。」と祈る。キリストの霊によって導かれる人になる。ガラテヤ2:20、ローマ8:13,14 自分の力ではできないが聖霊によってできる。聖霊の恵みをいただく。今聖霊の働きが教会の中で大きくなっている。聖霊の働きに参加する人になる。

サマリヤの女(2)

ヨハネ4:27~38 悲しく苦しい人生を送っていた女性にイエスさまはやさしく近づく。女性はイエスさまの言われることに関心を持つが、私たちも霊的なものに関心を持つ聖徒にならなければならない。女性の目が開き、霊と真(聖霊と御言葉)の礼拝者となる。 ①女性の大きな変化 4:27 弟子は、イエスさまが異邦人の女性と話している事を不思議に思う。当時ラビは公の場で女性と話すことはなっかったからだ。 4:28、29 女性は水を汲みに行ったのに水がめを置いて町に行った。彼女の初めの目的が変わっている。人ははじめ問題や苦しみを持って教会に来るが、恵みを受けると人生の目的が変わって福音を伝える伝道者に変わる。私たちの目的も変わらなければならない。肉に属するのでなく霊的に変わってくる。 自分をいじめた人々の所へ行って福音を伝える女性。素晴らしい変化である。女性は「イエス・キリストはメシヤである。」というメッセージを確かに持っていた。 4:30 女性の話を聞いて、人々がイエスさまのところに来た。今までは無視していたのだが。 4:39~42 人は女性の言葉によらず、イエスさまの話を聞いて救い主であることがわかった。人を教会に導くとイエスさまが働いて下さる。 ②まことの食物 4:31~33 「私には本当の食物がある。」と言われるイエスさまと、この世を考えている弟子の話がかみ合わない。この世に属する人は肉に関する事ばかり話題にするが、霊的に目が開かれる体験をしなければならない。 ローマ8:6、ヨハネ6:63 4:34 まことの食物は天の父のみこころ(魂の救い)を行うこと。そのみわざを成し遂げること。イエスキリストを伝える。主のために働く伝道者になる。腐らない永遠の食べ物のために働く。 ③イエスさまのビジョン 4:35 普通の人よりも、遠く高い所を見ること。イエスさまのビジョンに参加する聖徒になる。麦刈では雨が降ると収穫できない。色づいたらすぐ収穫しなければならないという「時」がある。熱心に伝道してイエスキリストの恵みに加わる。 4:36~39 ひとりの魂のために最善を尽くす聖徒になる。人々が伝えて牧師が刈り入れる。収穫する緊急性がある。腐るものでなく永遠の命の為に働く人になる。

しかし、聖霊が臨まれるとき

使徒行伝1:1~8   今日はペンテコステの日である。私たちは聖霊なしに信仰生活を送ることはできない。 ①イエスさまの命令 1:4 「エルサレムを離れないで父の約束を待ちなさい。」 いかなることがあっても聖殿(エルサレム、教会)から離れてはいけない。多くの日本の魂は教会に来るが、3年したらいなくなると言われている。天の父の約束は5節「もう間もなく聖霊のバプテスマを受ける」ということ。私たちは信仰を持って水のバプテスマを受けるが神様の約束は「聖霊のバプテスマを受けなさい」ということ。旧約聖書にも書かれている。 2:16~18  「終わりの日にわたしの霊をすべての人に注ぐ。」 聖霊がやってくると私たちは力を受ける。 ②なぜ聖霊のバプテスマを受けなければならないか? 1:6 「今こそイスラエルのために国を再興してくださるのですか。」 聖霊によって変わらないと、この世のものばかり追求し、霊的な目が開かない。 ニコデモ 「人は老年になっいて、どのようにして生まれることができるのですか。」 イエスさま「人は水と聖霊によって生まれなければ神の国に入ることができません。」 「風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」 1:8 聖霊によって力を受けると書いてあるが、「力」はギリシャ語でダイナマイト。外側の力は、祈れば奇跡が起こることなど。内側の力は平安、喜び、試練を乗り越える力など。 聖霊の恵みを頂く聖徒でありたい。 1コリント2:4 聖霊の御力のあらわれで弟子たちは宣教した。聖霊を受け大胆に語った。 聖霊を受けるとイエスさまの証人となる。証人とは現場を目撃した人のみなれるもの。 しかし聖霊が臨まれると2000年前のイエスキリストを伝えることができるようになる。 また、証人は殉教者という意味もある。北朝鮮には20万人ものクリスチャンが収容所にいる。 ③どうすれば聖霊の恵みに入れるか? 聖霊を与えてくださいと求めること。牧師は病気がいやされるために大学生の時に教会に行った。 24時間ずっと聖霊をいただくことだけ考えていた。小さい罪までも徹底的に悔い改めた。 悔い改めと祈りでできる。 1:14 「祈りに専念していた。」 留学...